入院されている患者さんの相談を受けた。以前認知症という診断を受けたが本当にそうなのか診てほしいと言うことであった。初診のときによく行う検査に「長谷川式簡易知能評価スケール」というものがある。今日の日付を尋ねたり、単語を記憶してもらったりして認知機能を評価する検査である。確かにすべてし終えると点数が低い。しかし何か釈然としない。どこか答えたくないようにも、投げやりなようにも見えた。もしくは「もっと大事な問題があるのに、日付のことなどどうでもいい」といっているようでもあった。検査以外のこともお話ししようとしたが、ほとんど口を開かれなかった。
 
私は以前にあったことを思い出した。あるご高齢の方が食事をとらなくなったという相談を受けた。口もきかなくなったという。最初認知症の検査などをしたが、ほとんど検査にならず、お話しもできなかった。検査のためというのがいけなかったと思い、二度目はただ話を聞こうと伺ったが、かわらなかった。しかし三度目に伺ったときには、故郷のことや、いつこちらに来られたかなど少し話しをされた。それからは少しずつ口を開かれ、隣にいた患者さんとはよく話をしていたことも聞いた。どうもその方が転院してから話をしなくなり、食事もとらなくなったらしい。
 
その話をして以降、また口を閉ざされた。結局食事はほとんどとられなかった。そしてしばらくが経った、週に一度の診察の日。今日はどうしようか、などと考えながら病棟を訪れたとき、三日程前に静かに息を引き取られた、と聞いた。自然な経過と見ることもできるだろうが、自分の意思で食事をとらず、自ら死を選ばれたようにも見えた。
 
彼女の死に接して、私はどこか残念だという気持ちを抱いていた。もっと何かができたのではないか、もっと心を開いてほしかった、残された時間を殻に閉じこもることなく生き生きとすごしてほしかった、などと思っていた。
 
では、どうすることがよかったといえるだろうか。認知症や精神科的な治療など医学的なことでできる限りのことは行っている。仲の良かった患者さんにもう一度会えればよかったのか。何か楽しいイベントでも企画して、彼女を笑わせればよかったのか。
 
少し想像してみる。もし私が大きな問題を抱えているという状況で、人に話をしないとすれば、どういう理由があるだろうか。もしやってきた人が、初めから私の問題を勝手に決めつけ、答えを持ち、その答えの通りにしてやろう思ってたずねてきたらどうだろうか。「この問題はあなたに話してもわかってもらえない」そう思うに違いない。またもし私の方が「この問題にはもう答えが出ている、そして解決不可能である」そう思っていたら、誰がやってきても話しても無駄だと思うのではないか。
 
私がまだ向き合えていない人生の一大事に彼女は立ち向かっていたこと、そしてその姿に敬意を抱くことを、私は忘れていたのではないか。どこまでも私の一大事につきあい掘り下げようとする存在がある。その存在の根源からの呼びかけを共に聞くことができるなら、答えというドアノブをつかんで内へと引いていた扉が外に向かって開いたその先で、出会うことができるのだろうか。

(病と生きる(14)『崇信』2016年10月号より)  

*この記事は「尊ぶことを忘れ、幻想をいだく」でとりあげたエピソードをもう一度受け止めなおし、「崇信」の記事として書き下ろしたものです。