先日、祖母がお浄土に還りました。ついこの間「悲しみ」ということをテーマにお話しさせていただいたところで、自分の身近な人を亡くし、改めて自分のこととして「悲しみ」をどう受け止めるのか、私が話していたことはほんとうにそうなのか、ちゃんと確かめよと言われているようです。

ちょうど呼吸が止まっている、という知らせを受けたとき近くにいましたので、駆けつけたところ、もう息を引き取った後でした。それでもまだ身体は温かく、顔も穏やかでした。

葬儀のときも同じような顔をしていました。亡くなっても、目に見える身体がそこにあるということを大きく受け止めているようです。というのも、既になくなっていて悲しいはずなのに、火葬場で荼毘に付されるときにさらに何とも言いようのない悲しみを覚えたのです。そして白骨だけになった祖母を見たとき、あれほど聞き親しんでいたはずの「白骨の御文」が、やっと身に迫ってきたのでした。「いったい今まで何を聞いてきたのか」という思いでした。

改めて「白骨の御文」を確かめておこうとおもいます。

「それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり。されば、いまだ万歳の人身をうけたりという事をきかず。一生すぎやすし。いまにいたりてたれか百年の形体をたもつべきや。我やさき、人やさき、きょうともしらず、あすともしらず、おくれさきだつ人は、もとのしずく、すえの露よりもしげしといえり。されば朝には紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、すなわちふたつのまなこたちまちにとじ、ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李のよそおいをうしないぬるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめども、更にその甲斐あるべからず。さてしもあるべき事ならねばとて、野外におくりて夜半のけぶりとなしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというも中々おろかなり。されば、人間のはかなき事は、老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏もうすべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。」(『御文』蓮如上人)

(試訳)さて、人間のはかない人生のありさまをよくよく考えてみると、おおよそはかないものとは、この生涯の始めから終わりまでのことであり、幻のような一生である。それゆえ、いまだ一万年生きられる身体を授かったということを聞いたことがない。一生はすぐに過ぎてしまう。今までだれが百年の形体を保つことができただろうか。私が先か、人が先か、今日とも知らず、明日とも知らず、遅れて死ぬか先に死かはあるが、人〔の死〕は、葉の根元のしずくや、葉先の露〔のどちらが先に消えるかわからないことによく喩えられるが、それ〕よりもよくあることといえる。したがって、朝には血色のよい顔をしていても、夕には白骨となる身である。もはや無常の風が吹いてしまえば、その時二つの眼はすぐに閉じ、一つの息は永遠に絶え、血色のよい顔はむなしく変わり、桃や李の花のように美しいよそおいを失ったときには、一切の親族があつまって歎き悲しんでも、まったくどうすることもできない。そのままにしておくことはできないので、野原に送って〔荼毘に付し〕夜半のけむりとなりはててしまえば、ただ白骨のみが残るだけである。あわれという言葉もまったく十分ではない。それゆえ、人間のはかないことは、老少に関わらない境遇なのであるから、どのような人もはやく、生涯を生き切るのに最も大事なことを心にとどめ、〔自我の関心ではなく〕阿弥陀仏〔の願いの心〕を深く依り所とし、念仏を申すべきである。あなかしこ、あなかしこ。

浄土真宗では亡くなることを、他界するとか永眠するとは言わず、浄土に還るという言い方をします。私たちは浄土から来て、浄土に帰る、といいます。しかし、浄土とは死後の世界ではありません。「仏陀に出会う場所」といいます。「仏陀の声が聞こえる場所」です。それは生死を超えて、生と死を貫いている、死では崩れない生きる力の在処といえるのかもしれません。

祖母が確かにこの世に生まれ、この世を生きたことの証は、かならず同じ時代を生きた人の中に残る。その人を「生かす力」として残る。私の中に、祖母のいのちが私を生かす力として生きている。生命が終わっても祖母のいのちは消えない。しかし、その私の中に生きつづけるいのちを見る眼がなければ、そのいのちの声を聞く耳がなければ、私の生命は私のものという意識しかなければ、私の中のいのちに気づくことはできません。

浄土ということ、仏陀の声が聞こえる場所ということで人間が大切にしてきたこと。それは、死者と生者のいのちをつなぎ、今を生きる私の中に生きるいのちの姿に気づいてほしいという願いであり、「後生の一大事」つまり人間が人間として生涯を生き切るのに最も大事なことを求めてほしいという願いなのではないでしょうか。どんな苦しみの中も人間としてしっかりと生きられる道があるということを身をもって示される仏陀として祖母ともう一度出会うことが、私のいのちとなって私の生涯を共に生きる祖母のいのちとのほんとうの出会いなのかもしれません。
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↑弟が描いた病床の祖母

追記:このことについては『崇信』3月号の記事に書きました。また改めて掲載いたします。