大阪守口の世木御堂(せぎみどう)護念寺(ごねんじ)様より、法話のご縁をいただきまして、行って参りました。昨日午後の報恩講、本日午前の報恩講二日目、午後の永代経法要と三座連続でさせていただきました。
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護念寺は蓮如上人の十男、実悟上人のゆかりのお寺だそうです。私のおります受念寺の住職と旧知の仲で、お送りした「受念寺だより」をお読みいただいたのをきっかけに、このような貴重な機会をいただきました。

●11月11日午後 病と生きる(一)老病死の意味と「信仰」(→資料
 老病死によって人間は、私は、何を失うのかと言う問題。
●11月12日午前 病と生きる(二)ほんとうの悲しみ (→資料
 悲しむ、悲しむというが、私は「ほんとうに悲しむべきこと」をわかっていないのではないか、という問題。
●11月12日午後 病と生きる(三)孤独と縁起(→資料
 人と人との繫がり、「共に生きる」ということを求めていながら、私の心が孤独をつくっているという問題。

このようなテーマで「生きる」ということを皆様と一緒に考えさせていただきました。皆様熱心にお聞きいただきましたことを大変有り難く思います。また護念寺の御住職様にはこのような機会を頂けましたことに感謝いたします。

先日、このような伝道掲示板の言葉を拝見しました。
「救いとは答えではなく、問いが見つかること。答えは一生を決めつけ、問いは一生を歩ます」と。
今回どれだけ深まったかわかりませんが、問いを深める一歩を歩ませていただきました。
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