規則的な機械の音が鳴り響く病室。人工呼吸器が作動する音である。身体には様々な器具が繋がれている。病院に勤務しているとこのような光景をよく目にする。そのときふと思い出す。病気が進行して人工呼吸器が必要となったらどうするかと意思を問われ、あの方はこう言われた。自分としてはつけたくないが、息子が望んでいるからつけます、と。また別の方は言われた。妻に負担をかけたくないからつけません、と。

世間では様々なことを言う。機械に生かされることが人間らしいのかと批判したり、逆に家族の立場なら長生きしてほしいのが心情だ、といったりする。しかしそれは、目の前にいる方の“今”を切り取って、この場合はいのちが輝いている、この場合は輝いていない、などと評価することにならないか。
 
いろいろな人の思い、状況があって、いくら望んでもそうする他なかったという選択を積み重ねてきた結果、今ここにいる。自分の意思ではどうにもならない境遇を皆それぞれ生きている。このように輝きたい、と思ってもそうなれない。あなたは輝いていますよ、といわれてもどうしてもそう思えない。そういうところを生きている。
 
目の前で懸命に生きられたあの方が踏みしめていたのは、誰も歩んだことのない新しい路だった。そこに善いも悪いもない。どんな悪路に見えたとしても。輝いてほしいという願いがあるだけの、何ものにも汚されていないその路を、ただひたすらに歩まれていた。新たな足跡を残しながら。

<『南御堂新聞』2012年6月号(第600号)5面「いのち輝け!今いのちがあなたを生きている『御遠忌テーマと私』27  」に掲載されたものを転載>